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4.一体俺がなにをしたっ!!

のんびりと道を歩いていた鶏が、その身体からにじみ出るピリピリとした雰囲気に驚き、慌てて道を開けてゆく。 道行く人々も、一目で神託の盾の軍人とわかる様相をした少女が、剣呑な雰囲気をまきちらしながら進む様子に何事かと視線を向けるが、そんなぶしつけな視線に気付かないほどティアは怒っていた。
軍人として感情を律する訓練を受けたとはいえ、ティアも16歳の少女だ。心無い言葉を言われれば傷つくし、何より身体的な事を気にする時期だと言う事もあった。一度までなら我慢も出来よう、だが二度目となるとそう簡単に怒りを治めることは難しい。

「もう・・・貴族ってどうしてあんなに無神経なのかしらっ!!」

ティアは貴族と言うものが基本的に好きではない。彼女の所属するダアトは、このオールドランド唯一の宗教であるローレライ教団の総本山だ。巡礼にはそれこそ身分の上下を問わず、様々な人間が訪れる。宗教の基本理念といえば、皆平等にというのが一般的だが、やはり金を持っていたり地位が高かったりする者が優遇されるのが世の常というもので、神託の盾の一員となった年月は決して長いとはいえないけれど、傲慢な態度を取る貴族の姿は嫌と言うほど見た経験はあると言えた。

自分の地位をひけらかしたり、金銭さえ出せば何をしても良いと考える者。ティアの中で貴族とは、王の忠実な騎士であり、その盾となる者だった。自らの主を支え、主の民を共に護る存在。それはティアの兄から教えられた事だった。彼もまた唯一と定めた主を持った存在だったから。
兄から主の話を聞かされる度に、幼い心をときめかせ 、何時かは自分もそんな主を持ちたいと憧れたこともあった。だが、現実はティアの理想とはかけ離れていた。ダアトを訪れる貴族達の姿は、とても王の騎士と呼べるものではなかったし 、その自己中心的な姿には怒りさえ感じさせられたものだった。

けれど、最初から余りにも高い理想を抱いてしまっていたからであろうか、彼女は自らの考えと立場の矛盾に気付いていなかった。確かにダアトには、他の二国の様に君主と呼ばれる存在は居ない。だが、呼び方が違うだけであって、結局は導師を中心とした上下社会だ。地位が高い者には服従する、それは当たり前の事であって、苛立ちを覚える事の方が間違っている。

ましてや軍隊という完全な縦社会に身をおく彼女が、例え他国のであっても、貴族に対しそんな態度や考えを見せる事がどれだけ不敬なことなのかを教育されないはずが無い。どれほど人間的に好意を持てない輩であっても、地位を持つ者に対しては敬意とそれなりの態度を取らなければならない事を彼女は、神託の盾に入団した際に教えられた。けれどティアにとって不幸だったのは、知識として教えられはしたが、それを実戦する場を与えられなかった事だった。

神託の盾という集団の中で彼女が過ごしていれば、嫌でも上司や部下に対してや貴族、一般人に対してといった態度の変化を身につけられただろう。けれど、ユリアの子孫という特殊な立場と兄が主席総長という立場に居た事で、彼女はそういった集団の場で生活する事が出来なかった。
いや、必要無かったと言った方が良いかもしれない。只でさえ、特別な血統の持ち主であるという特別扱いを彼女は幼い頃から受けており、そのことを彼女自身が意識していたかどうかは兎も角、幼い頃から彼女は他者に配慮をする必要がなかった。軍に入団した時も、集団という己の個を殺さなければならない場が多々有る中で過ごすという状況を免除され、教官を自宅へ招くなどという”特別扱い”を当然の事の様に受けていた。実際彼女にしてみれば、それは当然のことであり、周囲がそれを妬んだり羨ましがったりするのは間違っているとさえ思っていた。それがどれほど傲慢な考えなのか気付きもせずに。

「ティアっ!!」

一心に歩き続けていた為に、己の名を呼ぶ声が聞こえてくるまで彼が近くに来ていたことに気付かなかった。振り返れば朱色の髪を振り乱しながらこちらへ駆けてくるルークの姿が視界に入ってくる。だが彼女は不快そうにそれに眉根をぴくりと動かしただけだった。そうして彼が己の直ぐ傍まで近づくまで彼女はずっとその表情のままでいた。

「・・・・あの、ティア」

ここまで走ってきたために呼吸がどうしても荒くなる。それでもルークは彼女に早く謝罪をしなければ、と未だ乱れたままの息のまま口を開いた。対してティアの空色の瞳は冷たい色を浮かべたまま彼に向けられるだけだった。

「ごめん・・・俺また無神経な事言ったみたいで・・・・ティアの気分を悪くさせたな」

素直な謝罪の言葉 、何気ない一言が彼女の気分を害してしまった事を彼は心からわびていた。だが、それはティアの心には何の感情もわきあがらせない。彼は失礼な事を自分に言ったのだから、謝罪するのは当然であるとそう彼女は考えている。

「・・・・・・ 本当ね、無神経にもほどがあるわ。貴方、人に言ってはいけない事と良いことの区別もつかないの?」
「・・・・・・・・ゴメン」

けれど彼の立場を考えれば、それは当然の事だ。ルークが言葉遣いや態度に配慮しなければならないのは、公爵邸の中で、いやキムラスカやマルクトであっても数える程度の人数しかいないだろう。それこそ国王やそれに次ぐ地位を持つ人間で無い限り。間違っても、”只の一般兵”であるティアに配慮しなければならないという事はない。だがティアも、そしてルークもそれに気づかないまま、「仕方ない」と言ったような彼女のため息で会話は打ち切られた。

「・・・・・もう良いわ、何時までもこんな所で貴方と言い合っても仕方ないし。さぁそろそろ宿へ行きましょう。これからどうするかを決めなくちゃ」

それは許した、というよりは彼に何を言っても無駄だろうと判断したような口ぶりだった。実際ティアはこの時ルークを「我がままな貴族の子息」としての認識を自分の中に完全にインプットしてしまったのだから。そしてルークの返事を待つまでも無く、再び村の中央へとさっさと歩き出してしまう。ルークも慌ててその後を追いかける。それがどれほど異常な光景なのかに気付かないまま。


***
 

結局、2人が宿屋へ辿り着いた時は昼を過ぎてしまっていた。その理由としては、まずティアが向かった方向が宿屋とは反対方向であったことと、エンゲーブののどかな風景を2人がすっかり気に入ってしまい、あちらこちらと見て回っている内に時間が過ぎるのを忘れてしまっていたからである。

エンゲーブ自体はそれほど大きな村ではなが、世界の食糧庫と呼ばれるほど穀物の生産量が多く、其処に住む者は大半が農業か畜産を営んでいる。村の中は家や建物よりも、畑や大きな実をつけた木々の姿の方が多く 、村人達は畑で農作物の収穫に世話しなく働く者もいれば、用水路で釣りを行うなどののんびりした者もいた。ルークにとって初めてとなる屋敷の外の世界は見るもの全てが真新しく珍しく思え 、何を見ても驚きの声が上がってしまう。

それは新しいおもちゃを貰った子供が、嬉しくて仕方ない、といったようにはしゃぐ様に良く似ていた。だが外見年齢17歳のルークがそれをする様は、微笑ましさよりも奇異さの方が強く出ていただろう。何を当たり前の事をと普通なら馬鹿にされるところだが、諌め役のはずのティアもまた豊かに実る農作物に感嘆の眼差しを向け、ブウサギに歓喜の表情を浮かべるなど自らの思いに手一杯でルークを諌めている余裕など無かった。

村人達は最初の内こそそんな2人に奇異の目を向けていたけれど、もともと大らかで世話好きな気質であったことと、ルークが纏っている服が一目で上質 だと解るものであった為、何処かの貴族の子息がお忍びで来ているのだろうと(あながち間違いではないが)勘違いし、それならばせいぜい歓迎してやろうという使命感に目覚めた彼らは2人に深い歓待を与え続けた。漸くその事に気付いたのは、お昼を一緒にと、ある民家の主婦から誘われ、エンゲーブ名産の味噌を使ったパスタ料理を美味しく頂いた後だった。これはいけない、とまだ名残惜しそうなルークを連れて宿屋へ向かったティアは其処に大きく出来た人だかりに目を丸くする。

「・・・・・何か有ったのかしら?」

宿屋の前に陣取る人々の群れは、どう見ても穏やかとは言いがたい雰囲気を纏わせていた。先ほどまでののどかさが嘘のように思え、2人は不安げな表情を浮かべる。

『・・・・・もうこれで3度目だ。食糧庫に入ってた分は、根こそぎ持って行かれてる』
『来るスタンスが短くなってるな・・・・。けどこっちも警戒してたってのに、どうやって入ったんだろう』
『そんなことどうでも良いだろう。それよりこのままずっと、こんな事が続いたら俺達は・・・・』

「・・・・話の内容からすると、泥棒でも入ったのか?」
「ええ。それも初めてでは無いみたいね。でも困ったわ、これじゃあ宿に入れないわ」

声をかけようにも、皆酷く興奮していてとてもこちらの話を聞いてくれそうにはない。

「・・・仕方ないわ、また暫く向うで時間をつぶしましょう。彼らも何時までも居るって事はないでしょうし」

その言葉にルークの表情がぱあっ、と明るくなった。あまりの解りやすさにティアは苦い表情を浮かべるが、彼女も本心はもう少しこの村を見て回りたかったのだ。自分が育った場所はこことは正反対の草さえも生えない不毛の土地だった。其処を離れ、ダアトへと入信し二年が経つが、その間もこんなに沢山の畑や豊かな作物を見た事は無かった。この先何時来れるかは解らないのだから、今この時にじっくりと豊かな大地の実りを見ておきたかった。

「じゃあさ、今度はブウサギの居る方へ行ってみないか? あっちに子供をつれた奴がいたんだ」

(本人は隠しているつもりらしいが)可愛いものに目が無いティアは、一も二も無くこの申し出に勿論飛びついた。 愛らしいブウサギが戯れる様を想像したのだろうティアの雰囲気ががらりと柔らかいものに変わる。その変化にルークは苦笑を漏らしながら足を踏み出そうとした。だがルークが振り向いた瞬間、逆方向から歩いてきた男と勢い良く肩がぶつかってしまう。彼もまた泥棒の被害者らしく興奮しすぎてどうやら周囲をよく見ていなかったようだ。だがそれだけであれば、双方とも謝って済んだだろう。ルークにとって災難だったのは、先ほど屋台売りの男性から貰ったりんごがぶつかった拍子に道具袋から出てしまった事と 、エンゲーブに出没しているという泥棒が食糧専門であったと言う事か。慌ててりんごを拾うとしたルークの手を男が突然掴みあげる。驚いたルークが顔を上げると、興奮しきった表情の男がルークを睨み付けている。

「な、何だよあんた? いきなり人の腕を掴んで・・・」
「お前・・・このりんごを何処で手に入れた」
「はぁ? 何なんだよあんた、いきなり何言ってんだ?」
「いいから答えろっ!!」
「ちょっと貴方、一体何なの?」

さすがに尋常ではない男の様子にティアも諌めにかかるが、男は一向に静まる気配がなかった。そうこうしている内に騒ぎを聞きつけて、宿屋の周辺にいた者達もルーク達の方へ集まってくる。

「おい、お前どうしたんだよ?」

その内の1人がルークの腕を掴む男へと声をかけた。

「こいつがエンゲーブの焼印がついてないりんごを持ってたんだ・・・」
「はぁ? それがどうしたって言うんだよ」

エンゲーブ産の農作物は質が良く、それゆえ世界中へと出荷されている。その為他の野菜と区別が直ぐつくように必ず出荷前に焼印が押されることになっていた。それが有るのと無いのでは値段もかなり違い、ある意味ブランドの印 にもなっている。だが勿論エンゲーブで採れたものが全て外へ流通するわけでもなく、エンゲーブ内で売り買いされる商品については焼印が省略される事も多くあった。だからルークのりんごに焼印が押されていなくとも、別段不思議な事でも何でもないはずなのだ。だが男がそういった瞬間周囲がざわりとざわめいた。

「・・・・・・おい、たしか食糧庫のりんごには・・・・」
「ああ、まだ焼印を押してないのが幾つか有ったはずだ」
「そういえばこいつらよそ者だよな・・・・何時からここに居たんだ?」
「俺、こいつらが村の中をうろうろしていたのを見たぞ。もしかしたら・・・・」

自分達の周囲の温度がどんどん下がっていく。はっきりと口に出されたわけではないが、自分達が置かれている状況が理解できないほど2人も馬鹿ではなかった。

「ちょっ、ちょっと待ってください!! 私達は確かにこの村に来たばかりですけれど、泥棒なんてしていません!!」
「じゃあ何でりんごを持ってたんだ!」
「それは・・・・」

確かにティアはルークがりんごを貰った事は見ていたが、それは既にルークが食べてしまっていたはずだった。だから今ルークが持っているのは、彼女が屋台を離れた後で購入したものなのだろう。だが買ったところを見ていたわけではなかった為、一瞬言葉を口ごもってしまう。そうして口ごもったところへ男達は容赦なく言葉を畳み掛ける。ルークも必死で反論しようとするが、興奮し頭に血が上った状態の男達が正確な判断など下せるはずもなかった。

「おい、役人を呼んで来い!!」
「盗人め、散々俺らの作った物を盗みやがって!! 役人に突き出してやるから覚悟しろよ!!」
「ちょっ、ちょっと待てよ! 俺らは泥棒じゃねえ!!」
「話を聞いてくださいっ!!」

腰の木刀を奪われ、腕や髪を捕まれたルークはされるがままになる事しか出来なかった。
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3.間違えちゃった・・・・!?

3.間違えちゃった・・・・!?

さすがに疲れていたのか、馬車に乗り込んで直ぐルークは意識を手放してしまった。がたがたと揺れる振動も心地よいと感じるほど深い眠りの中。馬車の椅子は屋敷の柔らかい布団とは比べ物にはならないほど固かったけれど、それでも野宿をするよりはずっとましだと思う。
ティアも漸く気が緩んだのか、隣で安らかな寝息を立ててい た。後はこのままバチカルまで到着するのを待てば良い・・・・・・と少し残念に思いながらもそう考えていた・・・のだが。

ガタンっ、と大きく馬車が揺れた。今までとは比較にならないほどの大きな振動に、慌てて飛び起きると前方から男の慌てる声と馬の嘶きが聞こえてきた。

「おいっ、どうした!!」
「ぐ、・・軍の戦艦が前に突然現れて、どうやら盗賊を追ってるらしい!!」

『そこの馬車、道を開けなさい。巻き込まれますよ』

戦艦のスピーカーからだろう、発せられた声に御者の男は手綱を握りなおし、興奮する馬達を何とか制御しようと試みる。だがその直後、今度は別な馬車がルーク達の乗る馬車の直ぐ脇をすり抜け橋の方へと走っていった。

「あの馬車を追ってるのか?」

窓から身を乗り出し、ルークは呆れたように呟いた。どんな凶賊が乗っているのかは知らないが、戦艦で追いまわさなければならないと思われるほど強そうには見えない。戦艦と比べるとあまりにもちっぽけな存在に、同情の念さえ浮かびかけたほどだった。が、次の瞬間起こった爆発音にルークはその考えを改めさせられる事になる。馬車が橋の半分ぐらいまで入った瞬間、轟音を上げて橋が落ちたのだ。ガラガラと崩れていく橋を前に、戦艦は停止せざるを得ない。

「橋が落ちた・・・・・・、あの馬車に乗ってる奴がやったのか?」
「ルーク危ないわ、いい加減戻って」

呆然とその様を見つめていると、いい加減痺れを切らしたのかティアによって無理やり馬車の中へと連れ戻された。

「ローテルロー橋が落ちちまうなんて・・・・・・。くそっ、漆黒の翼の奴らも無茶しやがる」
「漆黒の翼? あの戦艦が追っていたのがですか?」
「ああ、奴らの担当は第三師団だからな。まぁ、タルタロスまで出してくるたぁ、驚いたが」
「待てよ、タルタロスってマルクトの陸上装甲艦の名前だろ! どうしてこんな所をマルクトの戦艦がうろついてるんだ!?」

キムラスカ国内をマルクトの戦艦が走り回るなど、ただでさえ両国の関係は良好とは言えないのに。そんなことをしたら戦争にもなりかねない、と興奮気味に言うルークの言葉にあっさりと御者の男は言った。

「そりゃあ、ここら辺は国境に近いからな。最近じゃあキムラスカの奴らが攻めてくるってんで、警備も厳重になってるし」
「待って、ここはキムラスカ王国ではないの?」
「何言ってんだ。ここはマルクト帝国、マルクトの西ルグニカ平野さ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」

全く予想もしていなかった答えに、興奮状態だった二人も黙り込む。

「・・・・・・・・・じゃあもしかして向かってる首都ってのは」
「おお、そりゃあ我らがマルクト帝国の首都、偉大なピオニー9世陛下が治めるグランコクマさ」
「・・・・・・・・やっぱり」
「そんな・・・・・そんなに遠くまで飛ばされていたなんて」

間違いでは済まされない自体に、二人とも呆然となる。ただでさえ不仲な両国。それにルークの生家であるファブレ家はマルクトでは酷く嫌われていた。勿論、首都に行ったからといって直ぐに捕まるような事は無いだろうが、キムラスカ王家の特徴を色濃く持つルークを見て、誰かが気付かないとは言い切れない。それに事故とはいえ、旅券も正式な手続きもなしに国境を越えたのだ。彼らの立場を考えても、国際問題に発達しないとは言い切れない。

「何か変だな、あんた達本当にマルクト人なのかい?」
「え、ええそうです。でも用事があってキムラスカまでいかなければならなくて」
「それじゃあ反対だったな。キムラスカならローテルロー橋を渡らずに、街道を南へ下っていけばよかったんだが。ま、橋が落ちた今じゃそれも無理だがな」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」

御者の言葉に二人は顔を見合わせ、そうして揃ってため息をついたのだった。

「んでどうする? キムラスカへ行くんだったらカイツールの国境を越えないといけないが。俺はそっちまでは行けないんでね」
「ここから一番近い街は?」
「そうだなぁ、エンゲーブだな。ちょっと道は外れるが大した距離でもないしな・・・行くなら乗せてってやるよ?」
「ああ、頼む」
「解った、んじゃあ少し遅れたからな。飛ばすからしっかり掴まってろよ」

言うが早いか、再びガラガラと大きな音を立てて走り初めた。馬車の中でルークはもう何回目になるか解らないため息をついた。

「仕方ないな、首都まで行くわけにはさすがにいかねえし」
「・・・・・・・・そうね。エンゲーブで何とか国境を越える方法を探しましょう」

落ち込んでいたがしっかりしたその口調に、ルークも頷いた。


***
 

「この道を真っ直ぐ行くとエンゲーブだ。今は収穫の時期だから、きっと賑わってるぞ」

グランコクマへと通じるテオルの森への道。ルーク達が飛ばされたタタル渓谷への道。そして、カイツールの国境へと続く三叉路の前でルークは馬車を下ろしてもらった。エンゲーブまで乗せていってくれると彼は言ったが、少し外の道を歩いてみたかったのだ。

「そうですか、ありがとうございます」
「良いってことよ、こっちも商売だからな。っと、それとコレはおまけだ。彼女さんと一緒に食べてくれ」

ごそごそ、と取り出したのは布に包まれたおにぎりだった。

「随分稼がせてもらったからな。朝飯未だなんだろ、それでも食ってくれや」
「・・・ありがとう」
「おうよ、じゃあ気ぃつけてな~!!」

ガラガラと音を立てながら、馬車は走り去った。あっという間にその姿は小さくなり、三叉路の中へと消える。

「にぎやかな奴だったな」
「そうね、がめつい所は有ったけれど悪い人ではなかったし」

そうだな、と頷きながらルークは貰ったおにぎりを包んでいる布を取った。少し大きめのおにぎりが二個、綺麗に並んでいる。

「何処かで食べて行こうぜ。ここら辺なら、魔物も大丈夫だろ」
「そうね・・・。そういえば昨日から何も食べてなかったし。さすがにお腹が空いたわ」

適当な場所を見つけ、一つずつおにぎりを取った。ぱくり、と一口含むと米の甘さと丁度良い塩味が口の中一杯に広がる。

「美味いな。何でだろうな、昔ガイに作って貰ったやつよりずっと美味い気がする」
「作り方はシンプルだけど、塩加減や具によって味も変わってくるし。これ、おかかなのね。お醤油の加減が丁度良いわ」
「ティアはおかかか。こっちは・・・・・って、お前もう食べ終わったのかよ」

見れば、ルークのおにぎりがまだ半分以上は残っているのに対し、ティアのおにぎりは綺麗に姿を消していた。男性が食べる用に作られただけあって、かなりの大きさが有ったはずなのに。

「え、ええ・・・。早く食べれるように訓練を受けたし。・・・・・・そんなに驚く事かしら」
「いや、そういうわけじゃないけどさ・・・・。俺、女って食うの遅いってずっと思ってたから」

それほど知り合いが多いわけではないが、ルークの周りの女性、シュザンヌやナタリアはどうしてこれほど、と思うほど食べるのが遅い。女性が大口を開けて食べ物と頬張るのはマナー違反だ、というのは聞いた事があるが、ちびりちびりと食べている彼女達を見ると、本当にあれだけの量で味が解っているのかと思いたくなる程だ。なにより彼女達と一緒に食事をすると、そのちびり、ちびりと食べ終わるのを待たなければならない為、彼女達との食事は遠慮したいとさえ考えていたりした。

「それは・・・軍人は何時いかなる時も、その時の状況に応じた行動を取らないといけないし、ゆっくり料理を味わっている場合ではない事が多いもの。それに私は音律師(クルーラー)だから・・・・」
「ああ、それで大口なのか・・・・」

ルークにとっては何気ない一言。けれどティアにとっては、というより年頃の女の子が大口と言われて喜ぶはずもなく 、パシッ、と頬に軽い衝撃を感じ、驚いて目を丸くするルークの視界に飛び込んできたのはなぜか肩を活からせて1人でエンゲーブの方へと歩いていくティアの後姿だった。

「ちょっ、ティア何するんだよ。ってか1人で行くなって」

慌てて残ったおにぎりを口に頬張り、ルークはティアの後を追った。だがルークが追いついても、ティアはその怒りを治めようとしない。

「何突然怒ってんだよ。俺なんか悪い事言ったか?」
「・・・・・・・・・・・・・・ばか」

心底訳が解らなさそうなルークの態度にティアの怒りはますます深くなる。結局、訳がわからないまま彼女の後を着いていくルークと怒り続けるティア。そんな2人の道中はエンゲーブに着くまで続いたのだった。


***


最初に2人を出迎えたのは二羽の鶏だった。何処かの農家で飼っているのだろうが、放し飼いにしては随分と自由なんだな、とルークはコッコ、コッコと鳴きながら道を縦横無尽に歩き回る鶏に呆れた眼差しを向ける。
村へ一歩足を踏み入れた途端、果物や野菜の濃い匂いが2人を包み込んだ。賑わっている、と言った御者の男の言葉は間違いではなかったようだ。数歩進むと道のあちらこちらに露天が並んでおり、どの店先にも今採れたばかりであろう色鮮やかな野菜や果物が並べてある。

「今朝取れたばかりのりんごだよ、お兄さん一つどうだい?」

その中で一際威勢の良い声がルークの耳に届く。振り向けば、頭に白い手ぬぐいを巻いた男がりんごを手に呼び込みをしていた。

「・・・・・・・・これってりんごか?」

ルークの前には色鮮やかなりんごが決して大きくはない屋台の上に所狭しと並んでいた。きょとん、と目を大きくするルークに屋台の男性もティアも何を言ってるのか、という顔をする。

「おいおい、見りゃ解るだろうが。これがりんご以外の何に見えるってんだ?」
「いや・・・・・、そうなんだろうけどさ。皮がついたままってのは見た事無くて」

ルークの言葉に今度は2人が絶句する番だった。だがしげしげと珍しそうにりんごを見続けるルークの様子に、それが嘘や冗談ではないという事を悟る。ルークの生家であるファブレ家は王家に次ぐ力を持つ公爵家だ。母であるシュザンヌは現王インゴベルト6世の妹でもある。
そんな高い地位にある家で使われる食糧は吟味を重ねた最高級のものばかりだが、どれほど素材が良くとも彼らの前に出る時は皮を剥かれ、料理人が手を尽くした姿となって現れる。決して生のままのりんごを丸かじりする、などという”無作法”が有るはずも無い。だが、幾らなんでも17年生きていれば生のりんごぐらい見る事も有るだろう。それこそ街に出れば幾らでも見る機会もあるだろうに とルークの”事情をを知らないティアは呆れた表情を浮かべる。

「おいおい、どういうお大尽様だ兄ちゃん。生のりんごを見た事が無いなんてよ」
「あ・・・屋敷では何時も料理されてから出てくるから。後はメイドが皮を剥いて、切ってからとか」
「か~っ!! りんごは生のままかじるのが一番美味いんだぜ! 特に俺の作ったりんごは皮だって甘いし柔らかいんだ、ほれ食ってみろ!!」

力いっぱい差し出されたりんごをついルークは受け取ってしまう。お金も払ってないのに良いんだろうか、と目の前にいる男に視線を向けるが、男は『さっさと食え』とルークを促してくる。本人が良いって言ってるんだし、なら大丈夫かなとルークは手にしたりんごを一口齧った。しょり、という音と共に口の中に甘い果汁と柔らかい実の味が広がる。少し酸味を感じるのは皮がある為だろうか。けれど決して不快なものではない 、寧ろ甘さを引き立てて更に美味しく感じるほどだった。

「美味い・・・・!!」
「そうだろう、そうだろう! そりゃあ、菓子や料理に使っても美味いがな、りんごは生のまんまが一番美味いんだぜ。おう、姉ちゃんも食ってみるか?」

しょりしょり、と一心不乱にりんごを齧り続けるルークに気を良くしたのか、男はティアにもりんごを差し出した。

「いえ、私は・・・・」

さすがに2個も貰うわけには、とティアは咄嗟にそれを辞退する。するとルークはそんなティアに不思議そうな眼差しを向けた。

「食ってみろって、本当に美味いぞ。さっきみたいに大きな口開けてさ――――」

最後まで言わないうちに、パシッ、という音と再び頬に軽い衝撃を感じた。

「ばかっ!!」

そして先ほどと同じ台詞を投げ、ティアはルークに背を向けて走り去る。

「・・・・・・・・・・ティア?」

その様を何が何だかわからない、という風に(頭が追いつかなかった)見送ったルークは、直ぐ隣で男の哀れむようなため息を聞いた。

「おいおい、兄ちゃんよぉ・・・・。女の子に向かって大口はないだろうが」
「言ったら駄目だったのか・・・?」
「まぁ、言われて喜ぶ女はそう居ないな。さっさと謝っちまいな、女の怒りは長引かせると怖いからな」

ははは、と乾いた笑いを浮かべる男は、どうやら女の怒りとやらに経験が有るらしい。ルークは一つ頷くと、「ありがとう」と礼を言い駆け出した・・・・・・が、途中でその身体がくるっと反転する。そうして屋台の前に戻ってきたルークは、ポケットから2ガルドを取り出すと男の前に差し出した。

「これ、りんごの代金。美味しかった、ありがとう」

その几帳面な様に、思わず男の顔もほころんだ。

「良いって事よ。ってそうだ、折角のお客さんだからサービスしないとな」

そう言うとりんごを一つルークの前に差し出した。

「これはサービスだ、あのお嬢さんにも食べさせてやってくんな」

その言葉にルークはふわり、と微笑むと「ありがとう」と言って再び走り出した。りんごのような紅い髪がふわりと揺れて去っていく様を男はにこにこしながら見送った。「いや~、今日は良い客に会ったなぁ」、何て上機嫌になりながら再び客の呼び込みを始める彼は。まさか自分が与えたりんごのせいで、彼らが窮地に陥る、などということを想像もせずに。


【あとがき】
やっぱり林檎イベントは外せませんので。

2.魔物とぼったくりにはご用心

2.魔物とぼったくりにはご用心

「ここは何処なのかしら・・・・? 随分と長く気を失っていたような気もするけれど」
「ああ、屋敷に居たころはまだそんなに日は翳ってなかったと思う。超振動っていうのか、俺達が巻き込まれた力は?」

とにかく現状を把握しようと周囲を見回してみるが、見えてくるのは人工の力など一切入った形跡のない岸壁や轟々と音を立てて流れる水の姿だけ。眼前は海だが、指針になるような島の姿も見つけられなかった。

「ええそうよ。私の第七音素と貴方の持つ第七音素が共鳴して、振動を起こしたの。威力は個人が持つ程度にもよるけれど・・・・・・ルーク、貴方譜術士としての訓練は受けているの?」
「え、ああ・・・少し習った事はあるけど。でもそれほど詳しくは」
「そう・・・・・・、ならそれほど遠くへは飛ばされていないかもしれないわね。・・・・・・・・謝って済むことじゃないでしょうけど、ごめんなさい。貴方は私が絶対にお屋敷まで届けるから」

ルークを巻き込んでしまったことを気にしているのだろう。屋敷にいきなり現れ、ヴァンやルークに切りかかってきた時の勇ましさは欠片も無い。それにしても可笑しなものだとルークの口元に苦笑が浮かぶ。屋敷を襲った襲撃犯である彼女とこんな風に呑気に話しているなんて。監禁状態とはいえルークも最低限の知識は身につけていた。公族の屋敷に忍び込んだ彼女がこのまま無罪放免というわけにはいかないだろう、という事も理解できている。それでも彼女を責める気持ちがわいてこないのは、巻き込まれたのが自分だけだったという事と、屋敷の者達が無事であるとわかっていたからだ。襲撃の際に聞こえた譜歌は、他者を眠りへと誘う力を持ったもの。狙いがヴァンだけだった、という彼女の言葉に嘘はないのだろう。

それに――――-

ちらり、とティアへと視線を向ける。彼女は周囲をうかがっているのか、きょろきょろと世話しなく青い瞳を辺りにさ迷わせていた。

『ああ、やっぱり似ている---―」

ローレライの記憶の中にあったユリアと重なるその姿。何の因果か、髪や瞳の色まで同じとは。雰囲気や物腰はユリアの方が彼女よりずっと大人びているのに、それでも本当に彼女が目の前にいるようでどうにも気持ちが落ち着かない。

「・・・・・・・・解った、でもバチカルまでで構わない。屋敷には俺1人で戻るから」

だからだろう、どうしても彼女への対応が甘くなってしまう。本来なら公爵邸を襲撃した犯人として捕らえなければならないのに、別人だと解っていても彼女が捕らえられるところを見たくない。そんな想いの方がどうしても勝ってしまった。彼女の理由や思惑がどうであれ、ファブレ邸という公爵貴族の屋敷を襲撃の場に選んだ以上、彼女が犯罪者である事には変わりなく、もう一度バチカルに赴いたりすれば、拘束されてしまう事は目に見えていた。だからこそルークはここで彼女と別れた方が良いと、そう答えた。なのにティアはルークのその言葉を聞いた途端、ユリアに似たその表情を不服そうにゆがめた。

「何を言っているの? 巻き込んでしまったのは私のせいなのよ、私は貴方を無事に屋敷に送る責任があるの。勝手な事を言わないで聞き分けて頂戴」

単に自分の責務を果たしたいからルークを屋敷まで送るのだ、と言うような彼女の発言に今度はルークが眉をしかめる番だった。「屋敷まで送ると言った」あの言葉は彼を気遣ってではなく、自分のためなのだと平然と言葉にする彼女にルークは自分を優しく包んでいた夢が覚めていく感覚を覚える。

「・・・・・・・・・お前、屋敷まで来るつもりなのか?」
「当たり前でしょう、何度も同じ事を言わせないで。さぁ、もう行きましょう夜の渓谷は危険だわ」

そう言うと、ティアはルークの脇を通り抜け眼前の海とは逆方向へと歩いていく。その後姿がもうこの話はもうおしまいだ、と言っているようであったがルークは突然彼女が離れていこうとする事に驚いて呼び止める。

「待てよ、ここが何処だか解らないんだろ、迂闊に動いたら・・・!」
「水の音がするから大丈夫よ」
「え!?」
「川の流れに沿っていけば海に出られるはずだわ。とりあえずこの渓谷を出て海岸線を目指しましょう。街道に出れば辻馬車もあるし帰る方法も見つかるはずだわ」
「・・・・・・・・そういうものなのか?」
「そうよ。貴方そんな事も知らないの?」

知っているのが当然だと言わんばかりの口調に流石にルークも反論しかけた。
が、それよりも先に周囲に漂う気配に気付いた為にぐっとその言葉を飲み込んだ。静寂の中、確かに自分達を伺う気配がする。動物のような、けれどそれよりももっと猛々しい気配が。

「魔物だろうか」、とルークは屋敷を飛ばされる際も掴んでいた木刀をぐっと握り締める。人の手の入っていない場所に住む魔物は縄張り意識も強く、そして凶暴な性質のものが多い。神託の盾騎士団の軍服を纏う以上、ティアは軍人なはずだ。稽古はしていても実戦の経験は無い自分より戦闘能力は高いだろう。ならば戦闘は彼女に前面に出てもらっても構わないか、とそう考えた時だった。

「魔物がいるわ・・・・・・」

近くの草むらがガサリ、と揺れ緑色の物体がゆらゆらと長い触手のようなものを揺らしながら出てきた。其れに対しティアがナイフを投げつけるとピキィー、と甲高い鳴き声をあげて後退する。図体やその動きから見ても、それほど強い魔物ではないようでこれならティア1人でも大丈夫だろうと咄嗟に構えていた木刀を下ろそうとした時、ルークの直ぐ後ろの草むらからガサリと揺らめいた。

「!!」

突然飛び出てきた存在を、咄嗟に身体をそらす事でかわしたものの、僅かに魔物の角がルークの衣服を纏っていない部分に触れてしまう。けれど擦れた痛みに顔を歪める暇もなく、ルークの身体を傷つけた魔物は、直ぐ様身体を反転させるとルークの方へ再び走り寄ってきた。木刀を振り上げる暇などない、と悟ったルークは咄嗟に木刀を前へと突き出した。
勢いに任せて走りよってきた魔物は、当然避けることも止まる事も出来ずに、それを正面から受けてしまう。赤い血液が木刀の刺さった部分から噴出し、ピキィーと甲高い声を上げながら魔物は地面を転がった。
だが致命傷には至らなかったようで、直ぐに起き上がると頭から血をたらしながらも再びルークへと向かってこようとしていた。

「ルーク、手負いの方がずっと危険なのよ。倒すならしっかりやって頂戴!」

随分勝手な言い草だ。ナイフや金属製の杖を所持しているティアと違い、ルークの武器は木刀だけだ、どうしたってダメージが軽減されてしまう。それに何を考えているのかティアは己が立つ今の位置から動くそぶりは見せず、しかも詠唱を始めてしまったのだ。彼女は譜歌の歌い手であるし、これまでも後方支援的な役割を担っていたのだろうけど、この場合は民間人であるルークを護り彼女が前線に立たなければならないはずだ。少なくとも屋敷まで送り届けると公言しているのであれば尚更だろう。

だが今その事に文句を言っている暇などルークには無かった。初めての実戦、しかも相手は人間ではないとはいえ、自分と同じ血を身に持った生きた相手なのだ。剣を習っていたのは何時かはそれを振るう日が来る事を想定してのことだった。自由は無いが確かに身は護られるあの屋敷を何時かは出なければならないと理解していたから。
だからこそ己の力だけで立てるようにと、剣を学んだ。自らの意思で。なのにいざその場になってみて、自分の考えがいかに甘いものであったかと実感する。例え人型ではなくとも同じ命を持つ存在を撃たなければならないという重圧。血を流しながら、まるで自分は生きているんだぞ、と宣言するように自分に向かってこようとする魔物に対し、剣を向けなければいけないその恐怖がルークの中に渦巻く。

『・・・・・・・・・・深遠えと誘う旋律・ナイトメア』

だがルークが戸惑う間にティアの紡ぐ譜歌は完成し、闇色の譜陣が彼と対峙する魔物の周囲を取り囲んだ。

「ルーク、今よ止めをっ!!」
「っ!!」

目の前でガクリ、と倒れ付す魔物にティアの非情とも言える言葉が重なった。一瞬惑ったルークではあったが、緊張をずっと有していた体がその言葉にまるで押されるように意思とは関係なく動き出してしまう。魔物の身体へ向かってルークは力一杯木刀を叩き込んだ。鳴き声こそあげなかったものの、木刀を叩き込んだ瞬間、魔物はビクリと身体を痙攣させ、そしてもう一度ルークが剣を叩き込み――――今度こそ完全に動かなくなった。

はぁはぁ、と荒い息がルークの口から飛び出る。身体も手もがたがたと震えて全く自分の自由にはならない。木刀にもそれを握る手にも魔物の血が飛び散り、赤く染まっていた。早くぬぐいたくてたまらないのに、身体は目の前でぴくりとも動かなくなった魔物から視線が離せなかった。

「ご苦労様、良い動きだったと思うわ。でも敵は何処から現れるか解らないのよ、次は気を抜かないようにね」
「・・・・・・・・・・・・・・・お前・・・・」

今、目の前で一つ命が消えた。ルークが、そしてティアがそれを行ったというのに彼女の口調は常と変わらない。それどころか未だ戦闘の緊張も冷めないルークへ「さぁ、もう行きましょう。次の魔物が出てくると厄介だわ」、と言ってさっさと身体を反転させてしまう。

「・・・・・・・・・っ!!」

とても”軍人らしい”態度にルークは喉元まで手かかっていた言葉さえ引っ込めてしまう。”何も殺さなくても・・・”、ともう少し彼女の言葉が遅ければルークはティアにそう言っていただろう。ティアの譜歌は魔物に充分に効いていた。眠らせたのであれば、こちらを襲ってくる事もないのだから、あのままで良かったのでは、と。けれど確かにティアは止めを、とルークに促しはしたが実際に手を下したのはルークであって彼女ではない。命を奪ったのはルークだ、彼女にその事を告げるのも咎めるのも間違いだろう。

はぁ、と一つため息をついて漸く緩和してきた足を一歩後ろへと向けた。その瞬間、ぴしゃり、と足元で水が跳ねるような音が響いた。譜業灯は無いけれど、その分自然の明かりが強く周囲を照らしている。きっと足元を見れば緑であったはずの草は赤黒い色に染まっている様子が視界に入ってくるのだろう。今纏う服は白色を基調としているけれど、ズボンの色は黒くてよかったとルークは心から思った。ズボンまで白かったら、きっと酷い色になっていただろうから。

もう一度、はぁ、とため息をつき、ルークもティアの後を漸く追いかけ始めた。

 

 

 

***

 

 


月明かりのお蔭で、夜道を歩くのはそれほど困難ではなかった。時々襲ってくる魔物と戦闘を交わしながら、ルークは少し後ろを歩くティアへ気になっていた事を尋ねてみた。

「なぁ、お前何でヴァン師匠を襲ったんだ」

さっきと同じようにピクリとティアの肩が小さく震える。だがいずれ聞かれることであったと予想はつけていたのだろう 、表情に動揺は見られない。

「プライベートな事よ、貴方には関係ないわ」

簡単な、というか余りにもそっけない返事にルークの口から自然とため息がもれる。

「あのなぁ、こうして巻き込まれている時点で充分関係あると思うんだけど」

少なくとも理由を聞くぐらいには、というルークの言葉にティアは口ごもる。だがその口は縫い付けられたように固く閉ざされ、開く事はなかった。はぁ、と再びルークの口からため息が吐き出された。

「理由を言いたくないんだったら、仕方ねぇけどさ。・・・・・・なぁ、もう一度聞くけどお前本当にバチカルまで着いてくるのか?」
「何度も同じ事を言わせないで頂戴。私は貴方を無事に送り届ける義務があるのよ」

取り付く島も無い、とはこういうことを言うのだろう。ここが何処かは知らないが、バチカルまでの道のりが短いものだとは決して言い切れない。その距離を一緒に進むのだ、少しは心を開いてもらっても良いのではないか。そんな風には思うものの、いきなり初対面の人間にプライベートな事を話す人物など居ない、という事も解るルークにはそれ以上の事を尋ねる気にはなれなかった。

ただ、良く似た少女の面影に自然とユリアとティアを混同してしまっており、自然と態度が軟化したものになってしまうユリアはティアではない。そう思うものの、何となくユリアに冷たくされているように思えて、少し落ち込んだ気分のままルークは川に沿って道を歩き続けた。

川に沿って暫く歩いていた2人だったが、他の場所よりも木の密度が高いS字型の道を通り抜けた瞬間、突然視界が開けた。空を覆っていた木々が切れ、星空が2人の頭上に広がる。其処が渓谷の出入り口なのだと示す看板が茂みに隠れるように立ててあるのを発見したルークが近づこうとした時だった。ガサリ、という草を踏む音と次の瞬間ガタン、と何か落ちる音が響いた。
また魔物が隠れていたのか、と咄嗟に身構えた2人であったが其処に居たのは酷く情けない表情を浮かべた人間の男 だった。

「あ、あ、あんたらもしかして”漆黒の翼”か!!」

酷く震えた声の男の言葉に2人はきょとん、という表情を浮かべた。

「”漆黒の翼”?」
「確か、マクルトを拠点にしている盗賊の名前だったと思ったけれど・・・。あの、私達は盗賊ではありません。道に迷ってここに入り込んでしまったんです」

ティアの言葉に男は一瞬目を大きく見開くと、今度はまじまじと2人を見つめ始めた。そのぶしつけな視線はお世辞にも気持ちのよいものではなかったけれど、誤解は早めに解いておいたほうが良いと何とか我慢をする。

「・・・・・そういえば、”漆黒の翼”は男2人に女一人って。あんたらは2人だよな、でも隠れてるってことも」
「有りませんし、私達は盗賊でもありません」

中々疑いを解いてくれない男は、感情の高ぶりもあり失礼な事を言って来るけれど、ここは感情を露にするよりも誤解を解いておいた方が良いだろうと好きに言わせておく。

「・・・・・おい、あんたさ俺達を疑ってるけど、自分だってこんな所で何をしてたんだ?」

だが一人でぶつぶつと言い続ける男に、さすがに辟易したルークが男に問いかける。

「へ、俺は馬の為の水を汲みに・・・・・・。辻馬車の車輪が壊れちまってな、やっと修理が終わったんだがこんな時間になっちまったんだよ」
「辻馬車!? それは何処まで行くものですか?」
「あ、ああ首都までだが」

男の言葉に2人は顔を合わし、頷きあった。

「好都合だな、乗せてって貰おうぜ」
「ええ、首都まで2人ほどお願いできますか」

そう言った瞬間、男はころっと態度を変えた。

「何だ、お客さんかよ。さっさと言ってくれよな、そういうことは」

言わせなかったのはお前だろう、と内心で毒づく言葉をぐっと飲み込んだ。

「それじゃあ、首都まで2人合わせて・・・・・そうだな1万2000ガルドってとこだな。前払いで頼むよ」

うきうきと金額を言葉にする男(現金な奴だと思ったが)とは対照的に、ティアの表情が曇る。

「・・・・・高いわね」
「そうなのか?」

辻馬車の相場など知らないルークがティアに尋ねる。

「相場の2倍よ。幾らなんでも、ぼったくりだわ」
「街から乗せるんだったら相場の金額を貰うんだが。あんたらは外でのお客さんだからな。外で馬車を止めたりしてると、何時魔物や盗賊に襲われるか解らねえし、ま、危険手当がつくってことだ」
「そんな無茶苦茶な・・・」

街中で適応されるルールや法が、外では幾分か緩和されるという事はルークも知っていた。街の外まで目が届かないというのも理由の一つなのだろうが、男の言った通り街中と同様のルールを受け入れて自分の身が危険に晒される場合も多いのも事実だ。身元がはっきりしない者を受け入れ、もしそれが盗賊だったとすれば財産はおろか自分の命さえも奪われる可能性がある。

「屋敷まで行って貰えれば、それくらい直ぐに払える。後払いじゃ駄目なのか?」
「こっちも商売なんでね、今すぐに代金をもらえないってんなら乗せるわけにはいかねえな」

商売とはいえ非情な言葉にルークの眉根が上がる。これではどちらが盗賊なのか、弱みに付け込んで、金を多く取ろうとする男の様子は正直見ていて気持ちのよいものではない。ふと、ティアの方を見ると何やら悲壮な面持ちで胸元の辺りを握り締めている。法衣に隠れてはいるが、そこに小さな―恐らくペンダントだろう―膨らみを見つけたルークは、更に一層眉根を寄せた。

「どうするんだ、払えないって言うんだったら・・・・・・」
「待ってください、これで・・・・」
「ほら、これで足りるだろ」

ティアがペンダントを取り出すよりも早く、ルークは首にかけていたネックレスを男に向かって投げていた。弧を描いて落ちてくるそれを男は慌ててキャッチする。小さいがその分凝ったデザインが施されたネックレスが月明かりにキラキラと輝いていた。

「底値でも2万はする。あんたの危険手当って奴と合わせても充分だと思うけど」
「ルーク、駄目よそんな高価なもの!! お金なら私がっ!!」

ティアもペンダントを差し出そうとするが、ルークはそれを手で制した。

「代金は払ったんだ、もう馬車に乗せてもらっても良いだろ」
「ああっ勿論だ!! っと、その前に水を汲みに行かせてくれ。馬車はこの直ぐ先に止めてある、好きに使っててくれ」
「解った、行こうぜティア」

上機嫌な男は直ぐ様転がった桶を拾いあげると、川の方へ歩いていく。現金な奴だな、と思いながらもいい加減それを口に出すのもおっくうになってきていたので、ルークはさっさと馬車の方へと歩きだした。

「・・・・・あの、ルーク」

だが後ろの方で小さな声がルークを呼び止める。振り返ると申し訳なさそうに俯いたティアの姿があった。

「ごめんなさい、私のせいでまた・・・・」

悲壮感さえ漂わせるティアに、再びルークは何とも言えない感情を抱く。そんな顔をさせたくて、したことではないのに。迷惑をかけてしまった―――、と続く言葉に悲しささえわいてくる。

「・・・・・・・別に、あんなの大したもんじゃない。それよりお前一々気にすんなよ。そんな顔で何度も謝られるとうざいって」
「え、ええ・・・ごめんなさい!!」

無意識にだろう、再び謝罪の言葉を口にしたティアにルークは思わず顔をそらしてしまう。こんな時、幼馴染の彼ならばもっと良い言葉を紡げるのだろうが。自分にはそんな語彙など無い。代わりに出るのはため息ばかりだ、とまたため息が口からもれる。聞こえてしまったのだろう。ティアの気配がまた沈んだのを感じ、ルークは技とそっけない口調で言った。

「ほら、さっさと行くぞ」

言葉と共に歩きだすルークに、慌ててティアも歩き始めた。その小さな足音を聞きながら、ルークはまた(今度は聞こえないように)ため息をついた。すれ違いばかりの感情に、ルークはもっと語彙を勉強しておけばよかった、と後悔する。けれどそういう問題でもない、と言う事にルーク自身は未だ気付いていなかった。


【あとがき】
ネックレスは首周りのチェーン部と胸元のトップ部が一体にデザインされた宝飾品で、ペンダントは、チェーンなどに付けて使う宝飾品だろうです。なので、ルークのはネックレス。

1.初めて出会ったけれどとても懐かしい

さやさやと風を受けて花が揺れる。月の光を受けて白く輝く花―それがセレニアと呼ばれていると言う事は少女が死んで随分経ってから知った―が、まるで絨毯のように隙間無く咲いていた。まるで花自身が白光しているかのような光景に、一瞬息をするのも忘れるほど見とれてしまう。

『ああ――――そうだ、彼女はこれを望んでいた・・・・・・』

唐突に蘇った記憶。何が欲しい、と聞くと少女は白い花が欲しいと言った。闇の中でも咲く白い花が欲しいと。彼女と会話が出来るのもあと僅かだろうと言う事は惑星の記憶を司る"彼"で無くとも解っただろう。其れほどまでに彼女の変わりようは凄まじかった。別れの前にもう一度声を聞きたかった。そう思って尋ねた自分に彼女は欲しいものがある、と言った。

『花がね、欲しいの。陽の光を浴びなくても育つ白い花が、研究してみようとはしたんだけど駄目ね。預言(スコア)を詠むみたいに上手くはいかなかったわ・・・』

寝台に横たわりながら、彼女は窓の外を指差した。既に彼女は自力で起き上がる事が出来なくなっていたが、横たわりながらも景色が見れるようにと窓には工夫がされていた。彼女の子供や夫が世話をしているのか、その先には赤や青の花びらを付けた花々が植わった花壇がある。だが月や星明りがどんなに明るく照らそうとも、太陽の光の中で見るよりも色はくすみ、鮮やかさは欠片も無い。それを見た瞬間、何故彼女がそんな事を言い出したのかが理解できた気がした。白い花、しかも闇の中で太陽の光を浴びずとも咲くそんな特別な花を必要とする場所など自分は一つしか知らなかったから。

何故今になって、という気もしたが、今だからこそ欲しくなったのかもしれない。自分の死期が近い今だからこそ―――。

太陽の光を必要としない花を作る事はそう難しいことではなかった。光の代わりに第七音素(セブンズフォニム)を吸収し、成長するように手を加えてやれば良いだけの事だったのだから。猛毒の風が満ちた魔界(クリフォト)は、高濃度の音素(フォニム)が満ちる地でもある。人が住めなくなり捨てざるえなくなった地が、嘗て彼らが最も望んだ場所になるとは何と皮肉な事だろう。もっとも、魔界(クリフォト)の音素(フォニム)は瘴気と結合してしまう為、もし身体に取り込めば猛毒も一緒に取り込んでしまうことになるのだが。

 

 

「ここ・・・・・・何処だ?」

 

 

圧倒されるほどに美しい景色も時間が経てば幾分かは慣れてくる。
懐かしい思い出は未だに心の大半を縛り付けてはいるが、周囲を観察する余裕は戻ってきていた。
ざっと見た限りでは街の象徴である譜業灯や民家の明かりは見当たらない。近くに川があるのだろうか、虫の声に混じって水の流れる音が聞こえてくる。

そして、人のものではないそれよりもずっと研ぎ澄まされた気配が闇の中に幾つか感じられた。野生の動物よりもずっと猛々しい気配を帯びたそれは魔物のもの。どうやら随分と人里離れた所へ来てしまったらしいとルークは小さくため息をついた。
オールドランドには強弱の違いはあれ、至る所に魔物は生息している。だが人が住む場所、つまり村や町などだが、そういった場所に住む魔物は定期的に駆逐される為、これほど濃い気配を感じることはなかった。

群青色に染まった空を見上げれば、これまた街の明かりに邪魔をされていない自然なままの星が輝いている。だが生憎と星を詠んで方角や自分の居る場所を知る、などという高度な技術を自分は身につけてはいなかった。まさかそんな技術が必要な状況に陥るとは思いもしなかったから。

まぁ、今そんな事を言っても仕方が無いのだとルークはため息を飲み込みながら、とりあえず自分をこんな場所に連れてきた原因となった人間を見てみようと身体を反転させる。

"彼女"はまだ意識が戻らないのか、身体の大半を白い花の絨毯の中に埋めていた。ルークはとりあえず怪我が無いかどうか調べようと、その身体を起こそうとして――――固まった。

「―――ユリア?」

月明かりが見せた幻か、それとも未だ心を占める思いの為か。抱き上げた少女の姿は、嘗て自分が知っていた少女のものととても酷似していた。

「・・・・・・ぅっ・・・」

声に反応してか、腕の中の少女が僅かに身じろぐ。高まっていく鼓動に合わせるように序々に開いていく瞳、けれど自分は見る前からその瞳の色が解っていたような気がした。



彼女が最も愛した色だ。空の色、海の色、そして"彼女"の色。
二度、三度の瞬きの後、完全に開かれた少女の瞳はやはり想像したとおりの"青"。知らず苦笑がルークの口からもれ出る。これは何かの冗談なのだろうか?

 

『白い花を植えるわ。魔界(クリフォト)に、そしてここにも。遠く離れていても同じ花が咲くのよ。大丈夫、何時かきっとこの二つの場所が元に戻る日が来る』

 

"彼"が渡した花を見ながら、彼女は満足そうに呟いた。その言葉は彼女が詠んだ預言(スコア)とは遠く離れた言葉だったけれど、彼女の願いでもあったから。

「貴方は・・・? 私達超振動で飛ばされてしまったのね・・・・・・・。ごめんなさい、私の責任だわ」

ああ、声まで似ている、とルークは喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。

ユリア―――――これは、何かの冗談か?
それとも貴女はこれが見えていたのか? 今のこの瞬間を。



『そうすれば、きっとまた会える・・・・・。きっと、それは"彼女"にもう一度会える日になる。そうでしょう、ローレライ・・・・・・・・』



「私は、ティアよ。貴方は私が責任を持ってバチカルのお屋敷に戻すから。ルーク」
「ああ・・・・・・、頼む」

セレニアの花。ユリアの願いによって生まれた花が咲く中、少女と出会った事は偶然、それとも必然なのだろうか。




【あとがき】
ルクティアではありませ~ん。
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